大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)2687号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕原告は、被告吉田が被告酒井にあて、金額三五〇万円、支払期日昭和二九年四月三〇日、支払地振出地とも東京都港区、支払場所東京都港区芝白金町二の五五自宅、振出日同年三月二四日として振出し交付した約束手形一通を被告酒井から白地式で裏書譲渡を受け、その所持人として、右支払期日に右支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたため、右約束手形の振出人である被告吉田と裏書人である被告酒井に対し右約束手形金の支払いを求めて本訴を提起したものである。被告酒井は、口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかつた。これに反し、被告吉田は、種々の抗弁を提示して原告の請求に対抗したが、その一として、被告酒井の原告に対する右手形裏書譲渡行為は、右手形取立のため主として訴訟行為をさせることを目的として行つた信託行為であるから無効であると主張し、このことは、「原告が、被告酒井の内縁の夫である訴外榎本正が会長で前締役で大株主であるキヤバレー「メトロ」こと万国観光株式会社の被傭者であること、右手形はその支払期日後約一年四カ月の後に原告に裏書譲渡され、それには通常取引にみられるような原因関係がないこと、右手形は任意弁済の可能性はなく、訴訟手続によらなければ取立の見込がなかつたこと等から明らかである。」と述べた。
裁判所は次のように原告と被告酒井間の取引の経緯その他の事情を認定して、被告吉田の右抗弁を認めた。なお、信託法一一条違反を肯定した最近の判決例としては、神戸地裁昭和二六年一月二三日(下民集二巻一号六五頁)、東京高裁昭和三〇年八月三日(同六巻八号一五六一頁)、同高裁昭和三三年六月二四日(最高民集一五巻三号四六二頁)、札幌高裁函館支部昭和三八年二月一二日(判例時報三三二号一六頁)等があるが、いずれも本判決と同様、立証ないし認定がかなり困難なこの抗弁の性格をよく現わしている。
「(証拠によると)原告は、訴外矢追宗次が代表取締役であり、訴外榎本正が会長で取締役で大株主でもある万国観光株式会社の被傭者であり、原告と右矢追は従兄弟の関係にあり、又右榎本と被告酒井は内縁の夫婦関係にあること、右手形は、被告酒井からその代理人右榎本によつて右矢追を介し原告に譲渡されたものであること、右手形は、被告酒井と被告吉田間の金銭消費貸借を原因関係として被告吉田が被告酒井に宛て振出したものであるが、右消費貸借上の債務については、被告吉田がその所有の御舟筆と称する絵巻物を被告酒井に差入れ、これにつき期日に弁済しないことを停止条件とする代物弁済契約が両被告間になされたところ、右絵巻物につき、被告吉田はこれを真筆とし、右榎本は偽物であるといい、原告も右矢追から右絵巻物は偽物である、右手形は金になりにくいと聞いていて、原告には、これにまつわる抗弁が被告吉田から出され、右手形の取立は容易でないと予想される筈なのに、かかる手形につき、さして資力もない原告がその取立を原告代理人に依頼していること、(それも真偽の程を充分調査した上でのことならば格別、原告がそうしたという形跡は見られない。)そして右手形譲渡には通常あるような原告関係が存しないことをそれぞれ認めうる。尤も右証人矢追の証言中にはあげてもいいということで右手形は被告酒井から原告に譲渡された旨の供述部分があるが、あげるというのが額面三百五十万円もの手形で、しかも(証拠では)右榎本は金融をしているのであるから右供述部分はにわかに信用出来ない(特段の事情でもあれば、あげるということも考えられようが、特段の事情を認めるに足りる資料はない)。以上の諸事実そして弁論の全趣旨から考えると、被告酒井から原告への右手形譲渡は、取立のためのそれであるといいうる。そこで更に進んで考えるに、(証拠によれば、)右手形が原告に譲渡されたのは、該手形の満期である昭和二九年四月三〇日から一年三、四月も後である昭和三〇年八月頃であり、そして右譲渡の際右榎本は、右手形は被告吉田に大分催促したが金になりにくいと右矢追に言つていたこと、ひいて榎本が任意弁済を受けることはなかなかむつかしいと思つていたこと、そして同人は熱望していた前記絵巻物が偽物であつたと立腹していたこと、又前述のように原告も金になりにくいと聞いて原告訴訟代理人である吉長正好に右手形の取立を依頼したこと、ひいて原告も右手形は金になりにくいと思つていたことが認められ、そして右手形譲渡が取立のためのそれであることは前認定のとおりであるが、被告酒井が任意弁済を期待して取立委任するのなら、被告吉田の住所はその肩書にあるのだし、前述のように榎本は東京都でも事業しているのだから、取立の便宜のため東京の者にでも取立委任するのが普通ではないかと思われるのに、被告酒井は大阪の原告に右取立を委任しているのであり、又被告本人訊問の結果では、原告は、右甲第二号証の一の内容証明郵便を被告吉田に出すまで同被告に何の請求もせず、しかも同書証によれば、同郵便は原告の代理人として右吉長が出したものでつまり取立のため右手形を譲り受けた原告は、被告吉田に直接自ら請求することなく右吉長に右手形の取立を依頼したことが認められ、そして右書証は、原告の昭和三〇年一二月二二日付被告両名に対する右手形金支払の催告状であるが、それには、支払わなければ法律上手続をとるとあり、そして本訴は本件記録により明かなように昭和三一年六月三〇日付の訴状によつて同日提起されているが、訴状では該日付は元々同年三月と記載されていたものを訂正したものであることがうかがえ、これ等のことと右述のように原告は右手形は金になりにくいと思つていたこと、原告自身は被告吉田に直接何の請求もせず、右吉長に右手形の取立を頼んだことを併せ考えると、右吉長は右のように一応催告はしているが、原告としては同人に右手形取立のための訴提起を依頼したものと思われ、そして原告が被告酒井に対しても右の催告状を発し又本訴を提起したことは、右手形の譲渡が取立のためのものであること、同被告が原告の主筋の者であることから考えるとこれは全く不可解のことであり、その目的は那辺にあつたか、あれこれ想像は出来てもこれを断定するに足りる資料はないが、とにかくこのことと被告酒井が本件弁論期日に一度も出頭せず、答弁書その他準備書面も提出しないことから考えると、原告は本訴提起については被告酒井若しくはその代理人である右榎本と相談したものといわざるをえず、なお、前述のように、あげてもいいということで被告酒井から原告に右手形が譲渡された旨の供述部分を信用しえない右証人矢追の証言と前認定の右手形譲渡は取立のためであるとの事実から、原告は、かねがね独立して事業するための資金を望んでいたので、取立が成功すれば該資金として使わせて貰うということで右手形の取立を受任したことが推認される。以上の結果を総合して考えると、被告酒井の原告への右手形裏書譲渡は、同被告が原告に被告に対し手形金取立の訴訟をさせることを主たる目的としてこれをしたものと認められ、従つて右手形の譲渡行為は信託法一一条に違反して無効で、原告は右手形上の権利を取得しないものといわなければならず、被告吉田の右抗弁は理由がある。」